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文化 | 疑問 No.02

乾杯の定番に隠された日本の飲酒文化

「とりあえずビール」はなぜ生まれたのか

飲み会で当たり前のように飛び交う「とりあえずビール」という言葉。しかし、いつから日本人は乾杯でビールを選ぶようになったのだろうか。そのルーツを辿ると、高度経済成長期の居酒屋文化やビールメーカーの戦略が見えてきた。私たちが何気なく続けている乾杯の習慣の裏側を取材した。

山口 乃愛(広報メディア学科 3年) |

💬 寄せられた疑問

「乾杯の一杯はなぜビールなの?」

— 投稿者:記者の母

調べた大学生

山口 乃愛(広報メディア学科 3年)

当たり前だと思っていた「乾杯=ビール」の謎を企業への取材から探りました。

乾杯文化を支えたビヤホール

「乾杯=ビール」という文化は、いつ・どのように生まれたのだろうか。その答えを探すため、私はまずビヤホールに着目した。

明治時代、ビールは一般の人が気軽に飲めるものではなく、高級品として扱われていた。そうしたビールをより多くの人に親しんでもらい、日本人との距離を縮める場として誕生したのがビヤホールである。

日本初のビヤホールは、1899年に開業した「恵比寿ビヤホール」だ。その歴史は現在も受け継がれており、現存する建物として日本最古のビヤホールが、1934年開業の「ビヤホールライオン銀座七丁目店」である。

現存する最古のビヤホール「ビヤホールライオン銀座七丁目店」開業当時の写真(提供:サッポロライオン)

ビール文化を長年支えてきたビヤホールは「乾杯=ビール」文化にもなんらかの影響を与えてきたのではないか。そこで、株式会社サッポロライオン広報担当の横田友佳さんに話を伺った。

「ビヤホールがビールを広めたことは、『乾杯=ビール』という文化の定着に繋がったのでしょうか」。そう質問すると、横田さんは「そんな綺麗には言えないですね」と前置きした上で、「乾杯の楽しさや素晴らしさを伝えてきたのはビヤホールです」と話した。

横田さんによると、ビヤホールには仕事終わりの一杯や友人との再会、家族との特別な瞬間など、それぞれの乾杯のストーリーがあるという。「最高に美味しいビールを提供するだけでなく、その一杯を誰と、どんな時間の中で味わうかという体験を届けることがビヤホールの価値です」と語った。

「乾杯=ビール」という文化がビヤホールから始まったとは断言できない。しかし、ビヤホールが乾杯の魅力を伝え、文化を支えてきた存在であることは確かだ。

ビールはどのように日本に広まったのか

では、ビールはどのようにして日本中に広まり、「乾杯=ビール」という文化が定着していったのだろうか。その背景を探るため、ビア検(日本ビール検定)を主催する一般社団法人 日本ビール文化研究会(企画・編集主幹)の山根一洋さんに話を伺った。

日本ビール文化研究会の山根一洋さんに話を聞いた

山根さんによると、高度経済成長期以前、日本人が最も親しんでいたお酒は日本酒だったという。ところが、高度経済成長期には家庭用電気冷蔵庫の普及などを背景にビールの消費量が大きく伸び、お酒の主役は次第に日本酒からビールへと移っていった。山根さんは「家庭用電気冷蔵庫が普及したことで、それまで主に飲食店で飲まれていたビールを家庭でも気軽に楽しめるようになった」と説明する。その結果、ビールは人々の暮らしの中へと浸透し、日常的に楽しまれるお酒となっていった。

1957年から1975年にかけての高度経済成長期には、ビール消費量は約7倍に増加。1970年代後半にはアルコール換算の消費量で日本酒を上回る。さらに、バブル景気や外食産業の発展を背景にビール消費は伸び続け、1994年には過去最高を記録。こうしてビールは、日本でもっとも親しまれるお酒となっていった。

ビールが乾杯の定番になった理由

日本でもっとも親しまれるお酒となったビールは、宴会でも主役となり最初の一杯として選ばれるようになった。その象徴ともいえる言葉が「とりあえずビール」である。山根さんは「諸説ありますが、『とりあえずビール』がなぜ広まったのかは、5W1Hで整理すると分かりやすい」と話す。

When:いつ 入店時
Where:どこで 居酒屋
Who:だれが サラリーマン
What:なにを ドリンクの注文
Why:なぜ 早く飲みたい、早く宴会を始めたい
How:どのようにして とりあえずビール

山根さんは、「『とりあえずビール』は早く乾杯をして宴会を始めるための手段なんです」と説明した。全員が同じビールを注文することで注文がスムーズになり、飲み物を待つ時間が短縮できる。そのため、冷えたビールですぐに乾杯ができる。この効率のよさが、「とりあえずビール」という習慣を定着させた理由の一つだという。

こうした流れを後押ししたのが、1980年代後半に普及が進んだ「瞬間冷却式」と呼ばれる小型の生ビールサーバーだった。山根さんは「これにより、多くの飲食店で品質の高い生ビールを短時間で提供できるようになり、樽生ビールの販売量は大きく伸びました」と語る。

同じ時期には、全国で居酒屋チェーンが急速に広がり、生ビール人気の高まりとあいまって、そのオペレーション効率の良さからも多くの店で「最初の一杯」として勧められるようになった。居酒屋では、仕事終わりのサラリーマンが乾杯を交わし、仲間との結束を深める文化も広がっていった。こうして「とりあえずビール」が広がったことで、宴会の最初の乾杯はビールで行うという習慣も定着していった。

「乾杯=ビール」は、ビールのおいしさだけで生まれた文化ではない。その提供を支えたインフラ、居酒屋チェーンの拡大、そして仕事終わりに仲間と酒を酌み交わすサラリーマン文化が重なったことで、日本の乾杯文化として定着していったのだろう。

ビールメーカーは「乾杯=ビール」をどう育てたのか

時代背景によって広まった「乾杯=ビール」という習慣を、さらに後押ししたのがビールメーカーによる広報活動だった。

サッポロビール広報担当の中野真萌さんに話を伺うと、サッポロビールでは「乾杯をもっとおいしく」をキャッチコピーに掲げ、ビールの美味しさや乾杯の楽しさを伝えるコミュニケーションを続けてきたという。

中野さんは「テレビCMでは、ビールの液体や泡の美しさなどの品質を大切にし、思わず飲みたくなる瞬間の表現にこだわりました。また、乾杯のシーンを印象的に描いた広告やCMを発信し、『最初の1杯はビール』というイメージを多くの人に届けてきたと思います」と説明した。

世代を超えて聞いてみた!あなたの乾杯事情

では、「乾杯=ビール」というイメージは今も世代を超えて根付いているのか。その実態を確かめるため、20代から50代までの男女8人にアンケートを実施した。年代や職業を問わずランダムに協力を依頼し、乾杯で選ぶ飲み物や「乾杯=ビール」というイメージを持ったきっかけなど、それぞれの乾杯事情を聞いてみた。

Q. 乾杯はビール?
A. 乾杯は、仕事もプライベートもビール。ビール大好き!(40代・男性)
仕事の時はビールで乾杯するけど、プライベートは違うお酒を頼む(30代・男性)
お酒が弱いので乾杯はサワー系(20代・女性)

Q. 「乾杯=ビール」というイメージは、どこで知りましたか?
A. CMやバラエティー番組などでよく見かけたことがきっかけ(20代・女性)
幼い頃から結婚式や宴会で大人がビールで乾杯する姿を見ていたから(50代・女性)

Q. 乾杯でビールを頼もうと思ったきっかけ
A. お父さんやお母さんがビールで乾杯しているのを見て憧れた(20代・男性)
「ビールを飲める人=カッコイイ!」と思っていたから(20代・男性)
CMで見て、美味しそうだと思った(20代・女性)

今回のアンケートでは、ビールメーカーが長年発信してきた「乾杯=ビール」というイメージは、テレビCMや広告、家族との食事、職場での飲み会などの日常生活を通して、世代を超えて人々の記憶や習慣として受け継がれていることが分かった。

一方で、実際に乾杯で選ぶ飲み物はビールだけでなく、サワーやハイボール、ソフトドリンクなど多様化していることも明らかになった。現在では「乾杯=ビール」というイメージは残りつつも、乾杯で選ぶ一杯は個人の好みやその場の状況に合わせて自由に選ばれる時代になっていることがうかがえた。

時代とともに変わる乾杯文化

アンケート結果から見えてきた変化に対し、ビール業界や日本酒業界ではそれぞれ新たな取り組みが進められている。

サッポロビール広報担当の中野さんは「近年は若い世代を中心に、お酒の選択肢が増えたことにより『乾杯=ビール』が当たり前ではない時代になりつつあります」と話す。

こうした時代の変化に合わせ、2010年から続く「大人エレベーター」シリーズでは、商品の魅力を一方的に伝えるのではなく、「消費者自身が黒ラベルの価値を考えられる『余白のあるコミュニケーション』を大切にしています」と語った。また、数百本に1本しか存在しない「ラッキーヱビス」など、遊び心を取り入れた企画で、ビールを楽しむきっかけ作りにも力を入れているという。

一方、日本酒業界でも乾杯の一杯として日本酒を選んでもらうための工夫が進められていた。神奈川県酒造組合の熊谷守さんは、「全国には地元の日本酒で乾杯する『乾杯条例』を制定している自治体があり、神奈川県でも県産酒で乾杯する文化を広めようと働きかけを行ったことがあります」と話す。

神奈川県酒造組合の熊谷守さんに話を聞いた

さらに、若い世代に日本酒を身近に感じてもらうため、アルコール度数を抑えた日本酒や、炭酸で割る新しい飲み方も提案しているという。「まずは日本酒を飲んでもらうことが大切だと思っています。苦手な人には炭酸などで割って飲む方法などから試してもらって、『これなら飲みやすい』と思ってもらえたら、本来の日本酒にも興味を持つきっかけになると思います」と、熊谷さん。

「酒蔵ごとに使う米や酵母、作り方も違うので、それぞれに個性があります。大吟醸や純米吟醸、純米酒など種類が豊富なので、一つの酒蔵でもいろいろな味わいを楽しめるんです。飲み比べができるところも日本酒ならではの魅力ですね。あとは、その年の気候によって味わいが変わるので、毎年違ったおいしさを楽しめるところも面白いところです」と、日本酒ならではの楽しみ方についても教えてくれた。

取材を終えて

「乾杯=ビール」という習慣は、ビヤホールやビールメーカー、そして時代背景の中で育まれてきた日本ならではの文化だった。一方で現在はビールだけでなく、日本酒やサワーなどの乾杯の選択肢も広がっている。それでも、一杯を囲んで人と人をつなぐ乾杯の時間は、これからも変わらず大切な文化であり続けるだろう。

取材協力・参考文献

横田友佳さん(株式会社サッポロライオン 広報担当)
山根一洋さん(一般社団法人日本ビール文化研究会 企画・編集主幹)
中野真萌さん(サッポロビール 広報担当)
熊谷守さん(神奈川県酒造組合)