SNSの言葉はなぜ忘れてしまうのか
先日、母からこんな疑問をもらった。「SNSの文章はどうして次の日になると忘れてしまうのか」。SNSを見ている時に、「うわ、この文章すごい良いな。覚えておきたいな」と思うのに、次の日になると内容を忘れてしまうらしい。一応ブックマークをつけて保存もしているみたいだ。一方で、読んだ本の内容はSNSで見た内容に比べたら覚えているらしく、その違いや忘れてしまう理由が気になると言っていた。
私はこの疑問を解決しようと調査を始めた。本だと覚えているのにSNSだと忘れてしまうのはなぜだろう。もしかしたら、紙とデジタルの違いが影響しているのかもしれないと思い調べていると、「スマートフォンでの読書は、ため息の生成、脳の活動、理解力に影響を与える」という内容の論文に出会った。「ため息と脳の活動にどのような関係があるのだろう?」とこの研究について興味を持ったため、研究を行った昭和医科大学医学部の本間元康准教授にお話を聞いてきた。
スマホ読書は「ため息」が減る!?
本間先生は、人の認知機能と呼吸の生理学的なメカニズムの関係性について研究している。研究室には、呼吸を測定する機械があった。
本間先生はスマホ読書と紙の読書を比較して研究している。読書後に読解力テストを行うと、紙の読書よりもスマホ読書の方が成績が悪い結果となった。そして、「スマホ読書はため息が減る」ことが明らかとなった。なぜ、スマホ読書だとため息が減るのだろうか。ため息の減少と私たちの体の関係について疑問に思ったため、本間先生にお話を聞いた。
本間先生は、ため息(深い呼吸)が減ることで脳に酸素が供給されにくくなり、認知機能が低下してしまうのではないかと言う。もともと人間は本を読んだり問題を解いたりするなど、集中する時には呼吸量が減ってしまい、無意識のうちに深い呼吸で補っている。しかし、その深い呼吸がスマホ読書だと減ってしまうのだ。
その理由について本間先生は、「私の研究でも理由は明確には分かっていません。いくつか理由は考察できるのですが、その1つとして、スマホ画面が発しているブルーライトが考えられます。過去の研究によると、グリーンライトとブルーライトを比較して、ブルーライトの方が注意を強制的に持続させる効果があるという報告があります。ブルーライトによって注意機能が過活動することで、深い呼吸の発生に悪影響を与えている可能性があります」と話してくれた。
それでは、母の疑問である記憶とはどのような関係があるのだろうか。先ほど触れた認知機能が大きく関係しているらしい。本間先生は、認知機能と記憶機能は連動しやすいと指摘する。本間先生の話をまとめると、記憶への影響は次のような流れになる。
深い呼吸が減る→脳が酸欠状態になる→認知機能が落ちる→記憶機能が下がる
スマホ読書が「過集中」を引き起こす
ここまで、スマホ読書が記憶に残りにくい理由が分かった。そこで1つ疑問に思ったのが、記憶に残りにくいということはデバイスを見ている時にあまり集中していないのではないかという点である。この疑問についても本間先生にお話を聞いてみた。
「そこがまたちょっと難しいところなんですけど、今回、おでこあたりの前頭葉と呼ばれているところで脳活動を測っているんですね。そうすると不思議なことに、スマホで読んでいるときのほうが活動量が大きいんですよ。一瞬考えると活動量が大きいほうが、頭がいっぱい活動しているということなので良いことのように思うんですけど、今回は逆で、紙よりもスマホで読んだときのほうが活動量が大きかったんですね。実は脳活動って活動量が少なすぎても多すぎてもパフォーマンスが下がる、ちょうど良い活動量ってあるんですね。そういった意味で、今回の結果はおそらくですけど、脳の活動量が大きすぎて認知機能が低下してしまったんじゃないかと。僕は過集中って呼んでるんですけど、つまり集中しすぎてるという解釈をしています。紙に比べてですけど、デジタルだと過集中を起こさせる。そして脳の活動量も大きすぎてしまったということですね」
私は、スマホ読書が過集中を引き起こすことにとても驚いた。自分の生活を振り返ってみると、スマホを見ている時は無駄に集中してしまっていて呼吸も浅くなっているように感じた。これからは意識的に深い呼吸をしようと思う。
また、スマホ読書ではなく母の疑問であるSNSと記憶の関係について本間先生にお話を聞くと、「スマホで見る限り、SNSのときも関連はあると思います。前提として我々の時代ってスマホなしで生きていけないと思います。そういった意味では避けては通れない現象が非常に多くあり、スマホとの付き合い方をもっと考える必要があると思います」と話してくれた。このように、本間先生の研究からは、スマホで文章を読むことが記憶の定着に影響を与える可能性が見えてきた。
「紙VSデジタル」だけでは語れない
ただ、記憶の残りやすさの仕組みはそれほど単純ではないようだ。メディア学の観点からお話を聞いたのは、東海大学文化社会学部広報メディア学科の増田芽衣教授である。
増田先生は、情報をどのような意識で受け取り、どのように処理しているかも人の記憶のあり方を大きく左右していると指摘する。
「SNSは、またタイムラインを見ればいいとか、検索すればいいっていう外部記憶モードになっているから、そもそも覚えておこうという意識があまり働かないと思うんですよね。あと、動作が均質で同じ感じで情報が流れてくるからね。紙の本だとページのどこらへんに書いてあったかっていうように空間的な情報も手がかりになるのに比べて、SNSは紙で得られるような手がかりが得にくいという特徴もありますね」
増田先生によれば、必要になったときに検索したり見返したりできる環境では、今覚えておこうという意識が働きにくくなると言う。また、記憶するための手がかりの違いも記憶の定着に影響を与える要因の1つだと考えられるということだ。
今回の取材を通して「SNSだから忘れる」「紙だから覚えられる」という単純な話ではないことが見えてきた。スマホによる過集中やため息の減少は記憶に影響している可能性がある。ただ、情報との向き合い方や媒体の特性も無視できない。増田先生は、「二項対立で考えないことが大切だ」と話す。紙かデジタルかではなく、私たちは自分がどのように情報と向き合っているのかについて改めて考える必要があるのかもしれない。
今回の調査結果について母に伝えると、「SNSを見るときに、少し深い呼吸を意識してみようかな」と話してくれた。SNSの文章が記憶に残りにくい理由は、1つではない。この疑問をきっかけに、私自身も普段何気なく触れている情報との向き合い方を見直すきっかけになった。
取材協力・参考文献
本間元康准教授(昭和医科大学医学部)
増田芽衣教授(東海大学文化社会学部広報メディア学科)
・本間元康ほか(2022)「スマートフォンでの読書は溜息を抑制して読解成績を下げる」日本心理学会第86回大会発表論文集