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文化 | 疑問 No.08

「なんでやねん」が標準語だった世界線?!

首都が東京ではなかったら標準語は変わっていたのか探ってみた

「これ、なおしといてちょうだい!」。先輩に言われた友人は、「壊れてないのにな」と不思議に思ったことがあるという。実は、相手が言いたかったのは「片付けておいて」という意味だった。私自身も大学に入って地方出身の人と関わる機会が増え、同じ日本語でも地域によって意味が違う言葉があることを知った。私たちが当たり前のように話している「標準語」だが、もし首都が東京ではなく他県だったら、今話している「標準語」は違っていたのだろうか。その疑問を探ってみた。

京林 咲希(広報メディア学科 3年) |

💬 寄せられた疑問

「もし首都が東京ではなく他県だったら「標準語」は変わっていたのか?」

— 投稿者:20代・学生

調べた大学生

京林 咲希(広報メディア学科 3年)

方言を使う方も使わない方も、ぜひ読んでいただきたいです!

「標準語」ではなく「共通語」?!

まず驚いたのは、「標準語」という言葉についてである。方言を専門とする東京女子大学・篠崎晃一名誉教授によると、学術的には「標準語」ではなく「共通語」と呼ぶのが適切だそう。

お話を伺った篠崎晃一名誉教授

「共通語っていうと、全国どこでも通じる言葉っていう少しニュートラルな表現の仕方になるかなと思うんだよね。それが日本語のスタンダードな姿だっていう意識がそこに入り込むと標準語という言い方になる。」

続けて、「言葉って複数の言い方が混在している。どっちが正しくてどっちが正しくないかって決められないんだね。「大地震」を「だいじしん」と読むか「おおじしん」と読むかが決められないように、どういう読み方が標準かって決められないというわけ」

つまり、言葉には複数の言い方が共存しており、「これが正しい日本語」と一つに決めることは難しい。そのため、「日本語のスタンダードな言葉」という意味合いを含む「標準語」ではなく、全国で通じる言葉という中立的な意味を持つ「共通語」という呼び方が学術的にはよいということだ。

「共通語」のあれこれ

では、この「共通語」だが、東京・山の手の言葉をベースにしている。幕藩体制により地域ごとに異なっていた言葉だが、明治維新の統一体制の中で全国で通じる言葉が必要になった。そこで政治の中心であり、そこで使われていた山の手言葉を共通語の基盤として、学校教育やその後のラジオ放送を通して全国へ広まっていった。

一方で「方言撲滅運動」が行われたという。「特に激しかったのが沖縄なんですね。小学生が方言を喋ると方言札をぶら下げて、また違う子が方言を話したら札を渡して、鬼みたいな…そういう時代があったんですよね。でも方言ってそう簡単に無くならない。学校でそう言われたって家では使うんだから。それが日常語なんだからね」と、初期は反方言運動まで起きたことが分かった。

では、本題の『もし首都が東京ではなく他県だったら、今話している標準語は違っていたのだろうか』という疑問への回答はどうなのだろうか。

まず、共通語については「江戸に幕府が開かれた時に、徳川の家臣団が西の方から入ってきて、そういう人たちが山手に住居を構え、今までの江戸の人たちは下町と言われるところに住むように住み分けができる。生活していく上で、いろんなものを調達したり、交流があるわけね。だからそういう山手に(新しく)住んだ人たちと、もともと江戸にいた人たちの言葉がそこで混ざり合って、その東京の言葉の基盤っていうものができ上がっていった」という。

その上で疑問には、「やっぱり政治とか文化の中心の言葉っていうのが、全国に広がっていくわけだから、それが全国の共通言語になっていくんじゃないのかなと思うんですね」という回答をもらった。

「共通語」とされている山手言葉も政治経済や文化の中心で使われていたから全国へ広まったと言える。もし首都が別の地域に置かれていたなら、現在の共通語もその地域の言葉を基盤としたものになっていた可能性は十分にあるだろう。

「共通語」に関するメディアの役割とは

「共通語」を普及させるために大きな役割を果たしたのがラジオである。広報メディア学科で学ぶ立場から、共通語の普及とメディアの関わりについても探ってみた。

お話を伺った飯塚浩一教授

メディア史を専門とする東海大学文化社会学部広報メディア学科の飯塚浩一教授によると、「そういうの(ラジオ)を使って標準語を広めていこうとして…それ以外は方法がないからね。ラジオが出てくるまでは統一する方策がないわけだから。各地に同じ発音の音声を聞くっていう機会を作り出したのはラジオだから」と、ラジオで発音を統一させることは「共通語」の普及に影響していると話す。

続けて、「ただどれぐらい効果があったかという調査は多分ないと思う。だけど、おそらく標準語がそれで日本中に広がっていったのは間違いない」と教えてくださった。また、ラジオ童話などを通して家でも触れる機会を増やしたことも普及に影響を与えたという。

そして『もし首都が東京ではなく他県だったら、今話している標準語は違っていたのだろうか』という疑問について、「可能性はあるんじゃないかな。ある地域に重要なものが全部集まっちゃえばね、そこにどんどん情報とものが集まればそこの言葉が一番力を持っていく。例えば大阪もかなり経済力が強かったし、人口も都市としては2番目に多かったから、結局関西弁っていうのは未だにこう根強く残ってるよね。やっぱり力の強さだよね。経済力とか政治力も強さに応じて言葉が強くなっていく」

と、やはり政治経済共に力のある首都の言葉の力は強く、首都が変わっていたら共通語も変わっていたと考えられるようだ。

もし首都が大阪だったら…

では、もし首都が大阪だったらどうなっていたのだろうか。

関西弁が共通語として話され、日常会話で「ほんまやで」「なんでやねん」「知らんけど」が繰り返されるかもしれない。映画やアニメの世界では「明るい」「距離が近い」印象の関西弁キャラが主役になり、脇役の「クール」「ミステリアス」な印象の東京弁キャラがメロいと人気だったかもしれない。

試しに、朝のニュースの一言を関西弁にしてみようと思う。

「今日はえらい暑なりそうです。熱中症には気ぃつけて、無理せんようにしてくださいね。それから、夏は食べ物も傷みやすい時期です。買ってきたものや食べ残しはそのままにせんと早めに冷蔵庫になおしときましょう」(関西弁)

「今日はあつくなるから気を付けて。食べ物も傷みやすくなるからしっかり冷蔵庫にしまってね」という内容である。

少し誇張し過ぎたが、関西弁にどこか親しみを感じた人もいるのではないだろうか。実際に、明石家さんまさんなど関西弁を話す人物に「親しみやすい」「明るい」といった印象を持つ人も多い。私自身も関西弁を話す友人と関わったり、関西弁を話す芸能人を見たりすると親しみやすさを感じる。

では、なぜ関西弁は人との距離を近く感じさせるのだろう。この問いについて、篠崎名誉教授は、「多分、今は東京の言葉が全国共通語になっているからそれがオフィシャルの場で使うのにふさわしいと思ってる人が多いわけじゃない。だから、あえて自分の日常の話し言葉をそう公の場でも使うことによって親しみやすさをそこに生み出すっていうのかな。よそ行きじゃなくて、ありのままの自分を見せてるってことだからね。方言を話すと、その人のアイデンティティっていうのかな、個性がその言語に現れてくる。」と話す。

つまり、関西弁そのものが親しみやすさを感じさせるのではなく、共通語ではない「方言」だからこそ親しみやすさを感じさせるのだということだ。方言はアイデンティティであり、その人らしさが現れる大切な言葉であるのだ。

もし首都が大阪だったなら、私たちが普段当たり前に使っている言葉も、今とは違っていたかもしれない。普段何気なく使っている言葉も、歴史や社会の中で形づくられてきたものだと知ることで、標準語や方言に対する見方が少し変わった。

取材協力・参考文献

篠崎晃一名誉教授(東京女子大学)
飯塚浩一教授(東海大学文化社会学部広報メディア学科)