そもそも昔は「東海大学前駅」ではなかった
現在では小田急マルシェが併設されていたり、橋上駅舎であったりと、地域の住民や学生にとって便利な東海大学前駅だが、数十年前までは今とは全く姿の違う小さな駅だった。
1987年に東海大学前駅に名称が変更され橋上駅舎となる以前は、「大根駅(おおね駅)」という名前だった。では、当時の大根駅や地元の住民はどんな様子だったのか。地元で30年以上不動産屋を営む、松屋不動産の福嶋秀樹さんに話を伺った。
―当時と今の駅前の雰囲気は変わりましたか。
「雰囲気はすごく変わりました。当時は駅前に商店街があって、90店舗以上の店がありました。でも当時のお店は今も結構残っていて、ロータリーの裏に店が移動になったんです。駅も今とは違って階段を上がるとすぐ電車に乗るホームがあるというかたちでしたね。」
―駅名が変わった時、地域住民の反応は?
「僕はよかったと思っています。覚えてもらいやすいし、実際東海大学のおかげでこの街が成り立っているところもありますし。でも全員が全員ではないですが、やっぱり僕ら世代(福嶋さんは1970年生まれ)は『大根』という地名に誇りがあったと思います。小学校や中学校にも『大根』という地名は付いていたのでね。」
駅南口は2008年の大幅リニューアルまでバスロータリーもなく、道路が狭いため駅前までバスが入ってくることができなかったという。そのため駅の改修工事を経て、東海大学の学生にとっては通学の快適さが大きく変わり、大学までのアクセスも改良された。
「東海大学前駅」駅名変更に至るまで
1927年の小田急線開通と同時に開設された大根駅だが、どのような経緯で「東海大学前駅」と改称され、橋上駅舎にリニューアルされたのか。
そもそも1963年に湘南キャンパスが今の場所に開設された経緯に関して創立者・松前重義は、「私は下見に行って、すっかりこの土地が気に入った。東にはるか江の島を望み、西に富士の高嶺を仰ぎ、北に丹沢の連峰をいただく景勝の地である。」と言及している。加えて、松前は、「小田急線大根駅(現在の東海大学前駅)から徒歩で、わずか十分。富ケ谷(渋谷キャンパス)に比べれば不便だが、都心から一時間半ぐらいで通学できる。」(松前重義・白井久也『松前重義 わが昭和史』朝日新聞社、1987年)と述べている。
Wikipediaの「東海大学前駅」の項目には、「1987年(昭和62年)に現在の東海大学前駅へ改められた。橋上駅舎に改修する際に東海大学が資金を提供したことによりその名前がつけられた。」との記載がある。(2026年7月1日閲覧)実際にどのような経緯で駅名変更が実現したのだろうか。このWikipediaの情報の真偽を確かめるべく、東海大学の歴史に関する資料を収集・保存している、学内の学園史資料センターを訪ねた。
同センターには、1980年9月25日付で、当時東海大学の総長だった松前重義から小田急電鉄宛に出された駅名変更についての要望書の写しが残されていた。そこには、「かねてより大根駅の駅名を『東海大学前』と改称していただきたい旨の要望を、永年にわたり続けてまいりました。(一部抜粋)」という記載があり、東海大学が長年にわたり駅名変更を要望していたことがわかった。
当時、大根駅を利用する人の約7割が東海大学の学生だったという背景もあり、東海大学側は駅名変更を強く望んでいた。これに対し、小田急側は「地元の同意が得られれば」と地元の意向を尊重する立場をとった。(神奈川新聞、1982年6月16日)
これを受け、1982年6月18日に東海大学による地元自治会などに対する説明会が行われた。ここでは、地元住民から「大根という名称に愛着がある」「検討する時間が短すぎる」などの声があがった。
そして、この日の説明会では「駅舎改良工事で大学側が一億円出す見返りに駅名変更をするという説もある」との質問があがったが、大学側はこれを否定した。(神奈川新聞、1982年6月20日)大学側の対応は駅の利用者の大半が東海大学の学生であるということを踏まえたものであり、見返りとして駅名変更を求めたものではないとの立場が示された。
その後も、東海大学は大根地区自治会会員にアンケート調査を行うなどして、地元住民との調整を重ねた。要望書の提出から約7年経った、1987年3月9日に「東海大学前駅」への改称が実現した。また、『小田急75年史』(小田急電鉄株式会社社史編集事務局編、2003年、122頁)によると、「開通当時の村名を採った大根の名を惜しむ声もあったので、記念碑を建てて旧駅名の由来と地元関係者の功績をたたえることにした。」と記述があり、地元住民の意思を尊重した記録が残されている。
「東海大学前駅」が生み出した変化
駅からキャンパスが遠い理由。その答えは、「もともとは地名の入った駅名で、途中から東海大学前駅という駅名に変わった」というシンプルなものだった。
1963年に東海大学湘南キャンパスが建設されて以降、大根駅の利用者数は大幅に増加し、駅前の商店街が繁盛し、地元住民や学生の暮らしに影響を与えた。さらに、「東海大学前駅」と改称されてからは、地域外からの認知度も上がり、結果として駅周辺が活気づいた。これは単なる駅名変更ではなく、人々の認識を変え、街の雰囲気にまで影響を与える、地域の新たな価値をつくるきっかけであった。
取材協力・参考文献
福嶋秀樹さん(松屋不動産)
東海大学 学園史資料センター
・松前重義・白井久也『松前重義 わが昭和史』朝日新聞社、1987年
・小田急電鉄株式会社社史編集事務局編『小田急75年史』2003年
・Wikipedia「東海大学前駅」(2026年7月1日閲覧)
・神奈川新聞、1982年6月16日/6月20日